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好きなことをやれないくらいなら

この記事のタイトル「好きなことをやれないくらいなら」の続きは、「死んでしまいたい」です。

タイトルに全てを書いてしまうのは少々刺激的かと思い、途中でやめました。

「死ぬ」という言葉に敏感な人もいるかと思います。

ぼくはかなり敏感な方です。

息子にも「死ぬ」とか「死なない」とかいう言葉を、あまり使わないように教えています。

その理由は、「生きる」か「死ぬ」かは人間が決められるものではないから。

しかし今日はそんな重苦しい話をしたいのではなく、自分が今の仕事について考えていたら、今回のタイトルが浮かんだので、その話をしたいのです。

好きなことをやれないくらいなら死んでしまいたい

「好きなことをやれないくらいなら死んでしまいたい」なんて言うと、「なんてわがままな奴だ」とか、「好きなことをやれない人は世界にたくさんいるんだぞ!」なんてお叱りの言葉をいただきそうですが、今日は本当にそう思ったのだから仕方ありません。

この言葉「死んでしまいたい」の意図としては、自ら命を絶つということではありません。

直訳するとそうなってしまいますが、そうではなくて「死んでしまいたい」ぐらいの気持ちになるのであれば、「死ぬ気で好きなことをやろうぜ!」ってことです。

ぼくは今仕事のことで悩んでいます。

今の仕事は明日にでも辞めたいし、でも家族を養っていくためにはお金を稼がなくてはいけない。

ではお金を稼ぐために好きでもないことを続けていくのか?と考えたら、「死んでしまいたい!」となって、「それなら死ぬ気で好きなことを求めていこう!」となったのです。

自分は『好きなことをやれないことが、死ぬほど嫌なんだ』と改めてわかりました。

めちゃくちゃわがままな奴ですよね。

好きなことをやれないだけで、生きていくのが辛いって言っているんですから。

世界には好きなことどころか、生きていくのにもやっとの思いをしている人がいるというのに。

でもそんな辛い思いをしている人のことを考え、自分が好きなことをやれないという現実に我慢すれば良いのか?と言うと、話が変わってきます。

少々冷たい言い方になりますが、人は人です。

ぼくは誰かに寄り添ってあげることはできるけれど、その人の本当の辛さ、痛みをわかってあげることはできません。

むしろ他人の痛みをわかると言う人の方が信じられません。

話がだいぶ逸れてしまいましたが、とにかくぼくは好きなことがやれないことを、とても辛く感じるため、なんとしても好きなことをやれるように努力するべきなんだとわかったのです。

まとめ

自分で言っておいてなんですが、「死んでしまいたい」なんて言う言葉は嫌いです。

「今まで言った記憶がありません」とまでは言いませんが、本気でそんなことを思ったことはありません。

でも仕事のこと、現状のことをノートに書いていたら、ふとこの言葉が浮かんできてしまったのです。

だからその言葉を否定せず、そこまで自分は「好きなこと(バーベキュー)」をやりたいんだな〜と客観的に感じることにしました。

そこまで好きだと思えることに出会えたのは、本当に幸せなことです。

その幸せをもっと自分で感じ、そこからたくさんの人と幸せを共有できるような人間になりたいです。

「死ぬ気」になって頑張ります!

今回も最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。次回の記事もお楽しみに。

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